カクマ難民キャンプ 図書館完成の記念像。奥に見えるのが図書館

カクマ難民キャンプ 図書館完成の記念像。奥に見えるのが図書館

1. はじめに

 
 私たち4人は、わかちあいプロジェクト主催による「ケニア・カクマ難民キャンプでのワークキャンプツアー」に参加し、8月3日〜9月5日の33日間、カクマに滞在しました。

 2000年度のワークキャンプの目的は、難民キャンプ内エチオピア・コミュニティの図書館再建設のアシストをすることでした。新図書館は地元ケニア人と難民の人々、そして私たちの参加によって建てられました。その完成間近というところで私たちは帰国せざるを得なかったのが残念ですが、難民キャンプでのボランティア活動を通して、私たちはかえがえのないたくさんのことを学びました。

 この報告書は、カクマで私たちが見たこと、感じたこと、学んだことをまとめたものです。難民キャンプという特殊な地域の状況を、できるだけ多くの方に知っていただくために作りました。一人でも多くの方が難民問題、ボランティア活動に興味を持ってくださることを願ってやみません。

 このワークキャンプを企画して私たちに貴重なチャンスを下さった、わかちあいプロジェクトの松木先生、中島さん、高村さん、本当に有難うございました。図書館建設のために募金を通して応援して下さった方々、すばらしい体験を授けてくれた多くの難民たちにも、重ねて御礼申し上げます。

2000年ワークキャンプ参加者

秋山博紀
青山絵里子
石谷敬太
宮下由香

2. 地図

 

3. カクマ難民キャンプ

カクマ難民キャンプは1992年、スーダンにおける内戦(北部政府軍と南部反政府軍SPLA)によって発生した約3万の難民を保護する目的で設立され、UNHCRによって統括されている。位置はケニア共和国の首都ナイロビから1000kmの北西部リフトバレー州・スーダン国境の町ロキチョキオから95kmのトゥルカナ地方にある。(北東部にはダダプ難民キャンプがある。)以降、難民は増加の一途をたどり2000年3月時点で65642人を数える。当初の敷地ではもう収まらなくなり、北側に隣接する形でカクマ�U,1998年1月からはカクマ�Vでの難民受け入れを開始した。半分以上の人口はスーダン人で約60000人を占める(カクマ�U�Vでは難民の99%がスーダン人である)。その次のソマリア人は約15000人、一部ケニア政府の意向でモンバサに移動した。次はエチオピアで約3000人、その他ザイール・ウガンダ・ルワンダ・ブルンジなどである。

キャンプといっても私たちが想像する(川原にテントを張ってバーベキューを楽しむ)キャンプではなく、カクマでは政治的な間題で祖国を離れざるをえない人々が、国籍・民族の違いなどによりコミュニティを形成し、泥やレンガ、ビニールシートで造られた家で暮らしている。6万人という人口は日本でいえぱ立派な市であり、そこには幼稚園・小学校・中学.高校(Secondary School)の教育機関や、図書館、病院などの公共機関もある程度そろっている。食糧はWFPによって4ヵ所ある配給所で半月に一度、水は貯水所から毎目決められた時間と供給され、それは決して充分ではないが、人々は計画的に消費し生活する。

用語注

>UNHCR
United Nations High Committee for Refug�ts、国連難民高等弁務官事務所
世界の難民に国連の権威の下に国際的保護を与え、これら難民の自発的帰国・新しい社会への同
化を援助するなどによって難民問題の恒久的解決を図ることを目的に、1951年・国連に設立さ
れた機関。

 

>WFP
World Food Programme、世界食糧計画
1961年、国連と国連食糧農業機関(FAO)の多数国間食糧援助の共同計画としてスタートした。
要請に応じて(1)食糧を経済杜会開発に対する援助として使用し、プロジェクトを実行する、(2)
緊急の食糧不足に対処する、(3)世界食糧安全保障を促進する、などを目的として食糧現物を計
画的に配給する。

 

>LWF/DWS
Lutheran World Federation、ルーテル世界連盟
Department of Worrld Service…LWFの世界奉仕部門
LWFとはルーテル教会の組織で、DWSは1947年、第2次世界大戦の被災児救済のためにスタ一ト、現在では難民キャンプの運営のみならず、世界各国で女性運動や地雷撤去、ダム建設などを行っている。わかちあいプロジェクトは、LWFに受け入れてもらうかたちで、難民キャンプに関わっている。

参考『国際協力用語集』第2版、国際開発ジャーナル社、1998年
1999年わかちあい報告書

 

4. 今回のワークの経緯

 今年度のワークは、エチオピアン・コミュニティにある図書館を再建設することだった。

 エチオピアン・マーケットの近くにあるその図書館は、カクマ難民キャンプが正式に統括されるより前の1991年に、エチオピア難民の青年が中心となって図書館づくりを計画し、それぞれが所有する本をもちよったのがはじまり。図書館を建設するための材料を買う資金がなかったため、山まで歩いて木を切りにいき、家と同じように泥で壁を固めてペンキを塗り、手作りの図書館を建てた。その後も、少しずつ本を集め、本棚も増やしていった。建物の周りには木やサボテンなどの緑が植えられ、人々の憩いの場となっている。図書館づくりを始めた人たちが司書となり、彼らは誇りを持ってボランティアで図書館の管理をしている。

 しかし数年前から建物の老朽化が目立ちはじめ(壁が白蟻に食い尽くされた)、時々降る強い雨に打たれていまにも崩れそうになった図書館を、より丈夫で長持ちするよう建て替えたい、と司書の方々から要望があった。

 それに応えて、わかちあいプロジェクトと今年のキャンプ参加者が主に資金面での援助と日本で集めた洋書の寄付、そして建設の作業のお手伝いをさせていただいた。

5. 日程概要

午前 午後
7 30 成田空港集合 ボンベイ泊
7 31 夜のドバイ経由便でボンベイ発。
8 1 早朝ナイロビ着。LWFナイロビオフィス訪問
8 2 日本大使館の青木大使、朝日新聞社ナイロピ支局の江木記者を訪問
8 3 飛行機(チャーター便)でカクマ難民キャンフ到着。キャンプ全体の見学
8 4 ワーク(古くなった図書館の建物を壊す) キャンプ内プログラムの見学
8 5 ワーク(建物の土台をつくるためひたすら土を掘る) 自由行動
8 6 日曜。終日自由行動
8 7 ワーク(さらに深く掘り、そこに石を敷き詰め、土砂をかぶせる) 自由行動
8 8 ワーク(セメント+砂+砂利+水を混ぜたものをかぶせ、平らにならす) 自由行動
8 9 ワーク(セメントブロックを並べてセメントでつなぎ、壁の一段目をつくる) 自由行動
8 10 ワーク(ブロックを、土を掘る前の高さにまで積み立てる) 自由行動
8 11 ワーク(引き続きブロック積み) 自由行動
8 12 難民が主催したお別れ会のあと、現地コーディネータの中島さんがカクマを発つ
8 13 日曜。終日自由行動
8 14 ワーク(引き続きブロック積み) 自由行動
8 15 ワーク(前日と同様) 自由行動
8 16 ワーク(前日と同様) 自由行動
8 17 ワーク(前日と同様) 自由行動
8 18 ワーク(壁の最上段をつくるための材木が輸送の都合で届かず、時間をもてあます) 自由行動
8 19 ワーク(十分な材木が届かない。最上段のセメントに埋め込む鉄筋をつくる) 自由行動
8 20 日曜。終日自由行動
8 21 ワーク(材木をつなぎ合わせて屋根の支柱をつくり、防腐のための油を塗る) 自由行動
8 22 ワーク(前日と同様) 自由行動
8 23 ワーク(壁の最上部に材木でといのような「型」をつくる) 自由行動
8 24 ワーク(前日と同様) 自由行動
8 25 ワーク(壁の最上部に材木で作ったといに鉄筋をはめ込み、セメントを流し込む) 自由行動
8 26 ワーク(ほとんど仕事がない。前日のセメントに水をかけ、乾いて固まるのを待つ) 自由行動
8 27 日曜。耳が不自由な人々のミサを見学し、絵を受け取ったあと、牧師役の難民の家を訪間
8 28 ワーク(ブロックを積み、屋根の端の側面に三角形の壁をつくる) 自由行動
8 29 ワーク(前日と同様の作業のほか、屋根の支柱の立ち上げ) 自由行動
8 30 ワーク(前日と同様) 自由行動
8 31 ワーク(三角形の壁にゆるいセメントを打ちつけ、表面をならす) 自由行動
9 1 ワーク(もう一ヵ所、三角形の壁をつくる) 自由行動
9 2 ワーク(壁にゆるいセメントを打ちつけ、表面をならす) 自由行動
9 3 日曜。終日自由行動
9 4 ワーク(トタン屋根を取り付ける) お別れ会と写真撮影
9 5 カクマ難民キャンプ出発、西へ150�qほどのロキチョキオから飛行機に乗る ナイロビ着
9 9 ナイロビ発、ボンベイ経由 機内泊
9 10 成田空港着。解散

 

 

6. ワークの様子

 

7. キャンプの状況

◆難民キャンプの教育制度

カクマ難民キャンプでは、教育は無料で受けることが出来る。学校制度は、ケニアの教育制度に基づいて行われている。通常Priary School 卒業後にK.C.PEという試験を受けて、合格すれば
Secondary Schoolに進学できる。

Priary School (小学校) 8年 (6〜14歳)
Secondary SchooI (中学・高校) 4年 (14〜18歳)
University (大学) 4年 (18〜22歳)
難民キャンプでは、Kindergarten (幼稚園),Primary School, Secondary School がおかれている。
また、職業訓練学校(Don Bosco)もある。

各学校の数は、
Kinder garten 5校
PrimarySchool 19校
Secondary Schoo l 3校
DonBosco 3校
である。Universityはない。奨学金を受けるか、スポンサーを見つけられた人がUniversityに行ける。また、スポンサーを見つけてナイロビのPrimary Schoo1や Secondary Schoolに通う人もいる。
しかし、そのような人は、ごく少数である。現在、カクマの学校の間題は、教材の不十分さと教師の数的不足である。

◆難民キャンプの保健制度

カクマ難民キャンプでは、病院も無料である。救急車もわずかだが用意されている。難民は風邪、マラリア、サソリにさされるなどで病院に行くことが多い。しかし、保険制度は決して良いとは言えない。医師と薬不足、診察までに長い間待たなければならないなどで、病院に行っても何の処方も受けずに帰ってしまう人も多い。

◆難民の職業

難民キャンプで生活をするには、配給の食糧と水だけでは足りない。キャンプにも杜会活動がきちんとあり、様々な仕事をしている人々がいた。但し学生は仕事ができないので、親のいない若い難民は、本当に貧しかった。ここに紹介するが、これが全部だとはいえないと思う。
店の経営 : 喫茶店、雑貨店、映画館、ビリヤード場、サロン、フォトスタジオ、自転車屋など
食料販売 : 野菜(キャベツ、ピーマン、ポテト、アボガド)、果物(バナナ、オレンジ)、メイズ、オイル、パスタ、魚の干物、山羊肉など
職員 : UNHCR,LWF,DonBosco、などにスタッフとして雇われる。GTZの農業プロジェクトやキャンプ内の病院の職員として働く人もいる。
教員 : 幼稚園、小学校、セカンダリースクール(日本の中学・高校にあたる)
その他 : スタッフ用の車の修理、バイクタクシー(自転車)など

◆カクマの物価

難民キャンプにも経済活動があり、小規模だが金の流通がある。概してナイロビよりも格安(50%以上安い)。