2015年10月
わかちあいプロジェクトスタッフ 戸嶋

2015年度の第23回難民古着支援プロジェクトには、全国から計11,355箱の古着をご寄付いただきました。皆さまのご協力に心より感謝申し上げます。
2015年10月6日・7日、タイ国境のミャンマー難民キャンプを訪問し、日本の皆さまからご寄付いただいた古着の配布に立会いましたので、その様子を報告いたします。


日本からバンコクで乗り継いで、タイ北部の町チェンマイへ。そこから12人乗りの、ワゴンバスに羽がついた?ようなプロペラ機で、落っこちないように祈りながら・・ミャンマー国境に接する町メーホンソーンに到着しました。気温は30度、雨季と乾季の境目で、1日の間にどしゃ降り雨が降ったり、カラっと晴れたり、気まぐれな気候の10月初旬です。

メーホンソーンの市街地から車で約1時間、舗装されていないでこぼこの山道を進み、川を横切り、竹やぶの緑のトンネルをくぐって、ようやく開けた山岳地に、東京ドーム約15個分(70ha)の広大な敷地を持つ、バンナイソイ難民キャンプ(Ban Nai Soi、通称Site1)がありました。

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途中、厳戒な警備体制がしかれた関所で入所手続きをし、キャンプの敷地に入ったらすぐに、映画のようなバンブーハウス、竹の木とバナナの葉で建てられた家々が見えてきました。暑さを凌ぐために高床式で、このキャンプには電気が通っていない*ため、料理や暖をとるための炭火を使う火鉢が備え付けられています。ミャンマーカヤー州出身の少数民族カレンニー族が95%を占めるこのキャンプでは、大人から子どもまで、11,813人(2014/6時点)が避難生活を送っています。
(*事務所や病院など一部では自家発電による電気が使われています。)

このキャンプは、1989年にミャンマーカヤー州の山岳地に開かれてから、移動を繰り返し、1996年にこの地に落ち着きました。キャンプには病院や学校などの施設が整っているため、カヤー州との国境付近で暮らす人々は、キャンプ内の学校に通ったり、お医者さんに見てもらいに来たりしています。2005年にはタイ政府から難民への移住許可がおり、アメリカなどの第三国へ旅立つ難民もいます。

キャンプの敷地を車で走っていると、古着の受け取りに向かっていると思われる人たちが、歩いているのが目に入りました。古着配布が行われるのは、普段は、キャンプの運営を行っている受入れ団体TBC(The Border Consortium)の物資保管に使われている、キャンプの中心にある倉庫です。配布所に着くと、そこにはすでに人だかりができていて、名前が呼ばれるのを今か今かと待っています。

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日本からバンコク経由で9つある各難民キャンプに届けられた古着は、キャンプにあるTBCの倉庫に集められます。古着の配布方法は、各キャンプによって異なりますが、ここでは、配布スタッフがあらかじめダンボールから出して、世帯人数用のセットに組んで紐で結ばれていました。1人世帯用から10人家族用まで!子ども服は別に分けられていて、子どもがいる世帯に配られます。配布は事前に通知されたスケジュールに従い、午前と午後の回に分けて、5日間かけて、全ての世帯へ行われます。世帯の代表者が家族分の服を受け取り、難民手帳に受け取りの母印を押します。基本は1人1枚ですが、5人以上の家族は余分にもらうことができます。

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配布スタッフにようやく名前を呼ばれて、衣類を受け取った人は、どの人もとっても嬉しそうに持ち帰っていきました。女の人はどんな服が入っているのか、さっそく服を広げて見せ合ったり、着てみたり・・男の人はそれを見てからかったりしながらも、落とさないよう運ぶのを手伝ったりと、微笑ましい様子がみられました。「服をもらえるのはとても嬉しい!」「日本の服はかわいい!」「サイズがぴったり(欧米からの物資はサイズが大きすぎることがあるそうです)」「あの子みたいなカーディガンが欲しかったな(さっと羽織れる服の需要が高いです)」といった声もありました。

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もらえる服を自分で選ぶことはできません。そのため、まるで開けてびっくりのプレゼントをもらったように、楽しんで受け取っていました。一方で、もらったセーターに指が通る穴が開いていたり、着古したような服が当たってしまった人は、とても悲しそうでした。1人1枚の配給がより魅力的になるために改善していけるよう、私たちも頑張っていこうと感じました。

1時間ほど配布に立ち会った後、キャンプで暮らす方々にお話を聞いてみました。

キオスクのようなお店を営んでいるネーメさんは、受け取った服をさっそく着ていて、「とっても着ごこちがいい!ありがとう」と見せてくれました。

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DSC_0251ネーメさんは、3人の息子を持つお母さんです。彼女の一番上の子は、キャンプ内の学校に通い、幸運なことに奨学金をもらってカナダへ留学しているそうです。時々電話が来ると、現地での学校や暮らしを楽しそうに話をしますが、最初の頃は、カナダはパンやピザばっかりで、ミャンマーのお米料理が恋しい!なんて話もあったとか。充実した生活を送っているようですが、キャンプで暮らしていたときは、奨学金を得るために、夜中まで学校で英語を勉強して、休みの日には家でも本を読んで、朝早くにまた学校へ戻って・・と、お母さんが心配になるくらい一生懸命勉強していたそうです。難民の中で留学できるのは、ほんの一握りの学生です。ネーメさんは、避難して20年も経つ今となっては、まだ危険な故郷へ戻ることより、息子たちが教育を受けて、自分の望む道へ進んでくれることを一番に望んでいる、と話してくれました。

 

DSC_0144次にお話を聞いたのは、アーシャさん。難民手帳を見てみると、「MV」のシールが貼られています。難民の人々は、ST:Standard(並)、V:Vulnerable(弱)、MV:Most Vulnerable(最弱)の3つに分けられていて、それぞれに食料などの配給量が定められています。MVの人々は、働くことができなかったり、親戚や頼る人がいなく、厳しい暮らしをしている人々です。アーシャさんは、4人の息子がいて、今も妊娠中ですが、最初の夫が家族を置いていなくなってしまい、2番目の夫はアルコール依存症で、ほとんど家に帰ってこないそうです。TBCからもらう配給で子どもたちを育てていますが、生活はぎりぎりで、服をもらうことができてとても助かっている、と話してくれました。時々故郷を懐かしく思うけれど、今はまだ危険で戻ることは考えられないと言います。

DSC_0196このキャンプのディレクターのデーベさん(写真左)は、現在のキャンプの状況について聞かせてくれました。他民族国家のミャンマーでは、独立を求める少数民族(ここではカレンニー族)と政府軍との争いや、宗教間の対立などによる混乱状態で、依然として危険な状態が続いています。停戦協定が結ばれた後、ミャンマーとタイの国境間で人の行き来が増えているそうですが、住むのに安全とは言えません。家族や親戚と会うためでも、ミャンマーからタイ側のキャンプに来るには許可が必要です。キャンプで暮らす難民の人々は、タイ国内で自由に働くことは許されておらず、一番近くの村で農業などの仕事をもらうのがほぼ唯一、許されていることです。その村の外に出ると、タイ警察に捕まってしまいます。中には、全くもって収入や貯金がなく、苦しい生活をしている家族もいます。そのよう人々にとって、年に1回、日本からの服をもらえることはとても助かっていて、日本のみなさんにとても感謝している、と話してくれました。服は物によって、3~4年も着れるものがあれば、数ヶ月でだめになってしまうものもあります。しかし、全体的には日本の服は品質がいいので、ぜひこれからも支援してほしい、ということです。

今回の訪問をコーディネートしてくれた、受入れ団体TBCのルーさん(写真左)は、子どもの頃からこのキャンプで育ち、キャンプ内のコミュニティカレッジを卒業して、TBCに就職されました。キャンプ内のクリニックや産婦人科、マラリアなどの病気の検査所、学校、トレーニングセンターなどの施設も案内してくれました(各施設の様子については報告No.2へ)。難民の人々にとって、キャンプは避難所であり、出発点でもあります。故郷へ戻ったり、第三国へ移住したりするときに、自分たちで暮らしていけるよう、英語をはじめ、料理や縫い物、農業、ビジネスなどの教育も大切だと言います。キャンプでは、TBCのほか、UNHCRやChristian Aid、Australian Aid、EUやアメリカ政府など、たくさんの組織が、それぞれ分担しながらも協力して活動しています。その輪の中で、わかちあいプロジェクトを通じて日本の皆さまのご支援が役割を担っていることを強く感じました。

2015年度の第23回難民古着支援プロジェクトには、全国から計11,355箱の古着と、1,681万円以上の募金をお寄せいただきました(9月末現在)。皆さまのご協力に心より感謝申し上げるとともに、これからも一緒に難民キャンプの人びとの生活と未来を支えていけるよう、ご協力をお願い申し上げます。

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