今回、初めて古着を支援する予定のリベリアの厳しい状況が、リベリアのLWFスタッフから届いています。先方の要請に応えて、国内避難民のために避難住宅建設用のビニールシートを購入し、墨田区から提供される乾パン2万食をコンテナに積み込んで一緒に送ります。                             
リベリアの現状報告 2002年5月27日

Gbangar自体は再びリベリア軍の支配下に入ったように見えるが、反対派LURDはその他の主要都市に対して猛攻撃を続けている。Tubmanburgで一週間前に再び戦闘が始まり、今週まで激しく続き、そのためにSinjeのシエラレオネ人難民キャンプがアクセス不能になった。新たに戦闘が、Sinje地域にあるTubmanburg, Medina, Gbahで始まった。
  先週、2台の木材切り出し用のトラックがハイジャックされ、リベリアに20 年住んでいるカトリックの司祭が人質にされ、未だ開放されていない。反対派は、人質は元気で、すぐに開放されるであろうと言っている。彼らの目的は、交通を危険なものにして、首都Monroviaへの往来を最終的に麻痺させることであろうと思われる。

  Phebe病院はだらしない私服姿のリベリア軍兵士にまだガードされているが、この兵士たちは政府機関が倉庫にある品物を運び出すためにトラックを向かわせた時、空中に向けて発砲し始めた。より広範に、さらに組織化された略奪がGbangar地域で行われているという報告が、兵士と地域住民からなされている。Phebe病院から略奪された外科用器材機材が、現在YMCAの近くのGantaで売られている。この事実は政府当局者に報告されているが、彼らがこの器材を回収するために何かができると誰も期待していない。
  Tubmanburg, Gbah, Arthington, Madinaの町やその周辺に住んでいる多くの人々が、今Monroviaの難民キャンプを目指して奥地から流出している最中で、国内避難民の問題は非常に混乱した状態にある。
  OCHAUNHCRなどの国連機関とICRCMSF含めた団体が、緊急調停の道を探る会議を何度も開催している。Monrovia周辺の既存のキャンプに、毎日数百人の難民が到着している。さらに5,000世帯が直ちにJohtondoLWF/DWSキャンプを出発するであろう。新しいキャンプ地はSeighbehと呼ばれる地域に、多数の難民流入に備えて用意されている。
  私たちは2台の5tトラックを必要としている。食料とそれ以外の物資の配布するため、中でもひどく弱っている難民をさらに後方のキャンプ施設に移送するため、及びEU, USAID, UNHCR, FAOによって用意された救援物資をMonroviaからキャンプ地に運ぶためである。
防水シート(ACT/LWFのプラスティックシートが望ましい)が極度に不足している。今回の新たな戦闘では両方のサイドが避難民の移動を、略奪と破壊の好機として利用しているので、難民はまったくコントロール不能の状態になるだろう。さらに1万から2万世帯分のシェルターを緊急に建設しなければならないだろう。これらの世帯の大部分は自力でシェルターを作ることができない女性や老人たちの家族である。緊急にこの異常事態に対処するためのシェルター建設費用、これらもっとも弱い者達のためのシェルター建設の援助費が私達に求められるだろう。リベリア人に対する皆様の継続的な援助と励ましをいただければありがたい。

Charles Pitchford, PMLiberian Program

リベリアの現状報告 5月14日

Bomi郡からの新しい避難民到着

?5月14日、Ricks Institute難民センターの後方にあるMemmeh Townの通過センターに新しく難民の一団が流入してきました。250から300の人数で、ほとんどが女性と子供です。通過センターのLRRRC監督官Varmah Nyeiによると、この難民は5月10日から14日にかけて流入してきて、約500人が登録したと見られます。この新しく到着した人々は、Monroviaから北へ50mほど離れたJawajehおよびその周辺の村での戦闘を逃れてきた人々であると報告されています。
  新しく到着した難民団のスポークスマンの1人は、Jawajehから数キロの地点で明らかにLURDと思われる伏兵によって、特別作戦部(SOD)の2人の兵士が重傷をおったのを知って、村人達が村を離れ始めたと報告しました。Monoh Villageの町長、Philip Karnleyは、近づいてくる散発的な砲火の音の中を民間人に移送されて来るのを見て、皆も逃げ出さないではいられなかったと言っています。
 Karnley町長はKlay東部のほとんどの村、Gohnjeh, Zordee, Nyandii, Boe, Goghenのような村は空っぽになっていると報告しました。彼は、避難民の大部分は農場から直接逃げ出したので、当然Memmehの通過センターに向かう前に家に立ち寄って、身の回りの品を持ってくることができなかったと言っています。
  同様の経過でLRRRCの行政長官は、政府軍はTubmanburgの数キロ南にあるColeman Hillで、反対分子の一団と交戦していると非公式に語っています。政府側は有利に戦い反対分子はすぐに駆逐されることが期待できると、政府が報告しているということです。

 

リベリアの最新状況 2002年5月13-15日

警戒警報情勢4 Security Alert Posture

5月13日()は普通に始まったが、まもなく大混乱と恐慌がMonroviaの人々を襲いました。RPGの重火器の砲火の音がリベリア大統領Charles Taylorの出身地であるArtingtonの方向から聞こえてきました。彼は大きな農場を経営しており、そこから母親を援助しています。10時までに、国連保安要員は車両を市中に向かって移動しないよう忠告しました。LWF/DWS緊急チームのスタッフは、検問所の兵士たちから、Artingtonに向かってMonroviaのすぐ外側にあるJohtondo Townの難民キャンプに接触することを禁止されました。

午後12時30分にTaylor大統領は国中に向けて演説をしました。彼はArtingtonKlayの双方で反対派の活動を許してしまったが、この両地域は再び政府軍の統治下に完全に戻ったと述べました。彼はこの途方もない戦火を見聞きした住民の恐怖に理解を示しました。彼は100人以上の反対派の兵士がGbangarで殺害され、Gbangarの市内に入った反対派は1人も生き残っていないと明言しました。彼はさらに、外交団、人道的支援団体、企業界に対して、その誰にも危害は及ばない、企業も財産も保護され続けると保証しました。13時30分、国連保安要員はMonrovia市内およびその周辺での、車両の移動制限を解除しました。その時間まではすべての企業と学校が閉鎖され、路上には車両もほとんど見られませんでした。
  翌5月14日()は国の祭日、国家再統一記念日で、すべては平穏でしたが、Monroviaの外へ出ることは勧められませんでした。ブリュッセル航空707便がレバノン人企業関係者の家族を出国させるために、チャーターされて到着しました。
  5月25日、国連OCHAGbanbarMonroviaの中間地帯の状況調査のために移動する許可を政府から得ました。LWSは調査チームの要員として加わるよう求められました。PMが調査団に同行し、Phebe病院を訪問しました。病院は略奪されたように見えるが、小物の家具以外は無事に残っているように見えました。現在、分遣隊の4‐5人のAFL兵士が病院をガードしています。Phebe病院の医師2人は、Gbondoi村に移り、そこでルーテル教会に宿泊しながら、教会に付属している小さな建物で医療を行っています。私たちは、PhebeからさらにGbangarまで出向くことは許されませんでした。
  2つのキャンプで12,000人以上を収容していたCARIは、完全に空になっていました。2人の老女が戻ってきて、そこで栽培していた菜園からいくらかの野菜を採ろうとしていました。この2人はMonroviaから約10km先のGbondoiから歩いて戻ってきたと言い、その日の朝Gbangarの方向から発砲の音を聞いたと言っていました。
  私たちは次にGbondoiを訪ねました。多くの避難民たちがすでにやってきて、仮の差し掛けシェルターに集合し始めていました。Gbondoiには約5,000人の難民と、5,000人の一般住民がいると推定されます。この難民の多くは数日前までは、BelefanaiTV TowersCARI難民キャンプに住んでいました。彼らはすでに長期にわたって難民であった人々なので、自分たちで登録組織を持っていました。私たちが滞在している間、キャンプのリーダーの役目を引き受けた人が、新しく到着した難民たちの登録を行っていました。

さらにMonroviaに近いTototaでは、約2,000人を収容する難民キャンプがすでにできていました。Gbangarの戦闘以後、10,000人以上がそこに到着しました。Tototaのルーテル教会敷地では、さらに5,000人が難民認定を求めていました。Phebe病院仮診療所では避難してきた2人の医師が働いており、2人のリベリアの負傷兵と、急性疾患で救急に運ばれた女性が1人入院していました。

多くの避難民たちはGbangarに近いBush Villagesに隠れて、情勢が安定し自分たちの居住場所に帰れるようになるのを見極めようと、そこにとどまっています。しかしながら、Belefanai, TV Towers, CARIにいる30,000人の難民たちは地域の安全が保証されない限り帰還しないでしょう。緊急に食料、水、薬品、仮設のシェルター、仮設トイレ、入浴設備、衣類、スターターキットが必要です。NGOの各団体は、すでに国連と政府のLRRRCと協同してこれらの要求に対処しようとしているが、財源が非常に限られています。この調査団の写真もあります。皆様の継続的な援助がいただければ大変ありがたいと思います。

?Charles Pitchiford, PM?リベリアプ

Gbamgan 攻撃 2002年5月9日

友人および支援の皆様へ

リベリアの要塞都市であるGbangarが攻撃を受けています。Gbangarの町はMonroviaから車で2時間半の所に位置し、Phebe病院団地からは5分のところにありますが、ここが今攻撃を受けています。Gbangarのほとんどすべての住民が避難しています。Phebe近くのTV Towers 難民キャンプにいた8,000人以上の国内避難民たちも、さらに避難しています。数日の間に撤退を始めた2つのBelefanaiキャンプにいた12,000人の難民はMonroviaのより近くに移動しつつあります。名門Cutting大学の2,000人の学生と教職員も、着の身着のままで避難しました。

国連保安要員は私たち民間スタッフによる、非常の多数の人々が避難・移動していると言う報告を認知しています。また、兵士たちが燃料を略奪し始め、車両を徴発しているという事実も確認されています。Phebeのルーテル世界連盟(LWS)支部では、昨日私が書いたように、最小限のスタッフを残すと言う決定を覆して避難しつつあります。Phebeのすべての患者はMonroviaのカトリックの病院に移送されています。

全てのINGO団体は本日午後3時に、状況を見極めるために集まります。西欧世界に住んでいる人々の普通の想像力を超える、恐ろしいほどの人数のあらたな難民が生まれることが予想されます。

今週に始まったの戦闘以前にすでに難民となった人々に対応するため、必要な現地の資源はすでに持ちこたえられる限度ぎりぎりまで負担されています。私たちは皆大きな関心を持っています。

2月にもそうであったように、LWSのスタッフは現状について説明を受け、危険がMonroviaに迫った場合にとるべき行動計画の概要を知らされました。コンピュータデータをバックアップし、予備の燃料を購入し、備蓄用の食糧と水の用意をしています。

避難民の実数はまだ確認することができていませんが、私たちはMonrovia付近に設営されている新しい難民キャンプの幾つかを訪ねてきました。これらのキャンプにいる難民の数は、LRRRCによって出された数字によると40,000人を超えています。さらに今度Gbangerのような大きな町の人々が移動するとなると、TV TowersCARLからも非難してくるであろう難民たちに加えて、私たちは人道上のサービスを求める50,000人以上の難民を受け入れることになるでしょう。

リベリアの大統領、Mr.CharlesTaylor はFM89.9でリベリア国民に向けて声明を発表したところです。彼は国際社会が、自らを守る権利を有し民主的に選出された政府を持つ国に対して、国連の制裁を科したことを非難しています。彼は国民に対して希望を持ち続け、政府を支持するよう訴えています。さらに彼はリベリア軍は最後の一人になるまで戦い抜くといっています。

私たちはリベリアプログラムACTアピールに賛同しておられる寄付会員の皆様が、直ちに浄財を拠出して下さる様お願いします。私たちが何の罪もないリベリアの難民が当然の尊厳を保つことができるよう、最大限生命を救うためにすぐ準備ができるよう助けていただきたいのです。今回の危機はこれまでの内戦の状況をさらに悪化させるように見えます。

Gbangarを守っている最後のリベリア軍が反対勢力に降伏したと言う報告が入りました。(未確認ながら)

さらに新しい状況を順次お送りします。Charles Pitchford, P.M.


皆様へ

本日2002年4月29日、Charles Taylor大統領は、ラジオを通じて公的に談話を発表しました。3日前、大統領は国民の安全を確保するためとして、大規模集会の禁止令を出しました。これは3月初旬に非常事態を宣言することによって、当局者が得た権限の元に行われものです。彼は政治的活動は奨励されるが、決起集会はもはや治安上の理由で許されないであろうと述べました。この禁止令は、大統領の有力な政治的ライバルであるEllen Sirleaf が、数日後にリベリアに帰ろうとしていると通知してきたことに伴って出されたのです。

大統領は経済界に対して、もし米やガソリンなどの物価が2002年5月3日()までに下がらない場合は、非常事態下における大統領の権限を用いて、物価と交換レートの問題を彼が調整すると通告しています。交換レートは1年前、1米ドルが40リベリアドルでしたが、現在1米ドルは64リベリアドルになっています。

1週間前、St. Paul川北岸のLofa郡の下方で戦闘が勃発しました。これはギニア国境付近の北Bong郡の国内避難民キャンプの近くです。ルーテル世界連盟(LWF/DWS)がこのキャンプに対する運営責任を保証したばかりでした。国内避難民の人々は小火器と迫撃砲の継続的な撃ち合いの音を聞いて、撤退をはじめました。国連の保安要員の報告では、先週ずっとこの地域で戦闘があったことが確認されていました。国防大臣は人道援助当局者に対して、この地域を閉鎖しました。はじめはこの地域の問題はすぐに解決できると報告されていましたが、10日後になってもまだ解決されていません。AFLの兵士は銃撃による傷の治療のためにPhebe病院に収容されているという報告があります。 Monroviaで毎日発行されている5社の新聞のどれにも、この戦闘についての記事は出ていません。

Bellafanaiキャンプには、約12,000人の難民がいますが、このキャンプの撤収が決定されました。4月19日から20日に彼らの移動は始まったのですが、彼らはPhebe病院から10マイルの距離にあるWainsneの軍事検問所で足止めされました。人々はたとえBellafanai地域が再び安全であると報告されても、そこへ戻る様子はないと報告されています。これまでBellafanaiのリベリア人難民は、できるだけ早くLofaの自分たちの家に帰れるようにと、Lofaの近くに残ることを希望していました。今では彼らは、戦闘地域からできるだけ遠くへ逃れたいと望んでいるので、そんな願いは打ち砕かれました。

この最近の情勢によって、Bellafanaiから約2000人の国内避難民がTV Towersと呼ばれる次の国内避難民キャンプを目指して、深い藪を通過して進んでいきました。しかしながら、TV Towersキャンプはこのような余分な人員を収容することができないのです。TV TowersキャンプのICRCは、これらの人々をBallefanaiに戻す計画を立てています。もし彼らが出て行かなければならないことになると、再び始まった戦争に直面しないように、Lofa地域との間の廊下のような安全な地帯に行き着くために、Monroviaの近くに行くことを選ぶと思われます。

これら国内避難民の人々は2003年10月から11月に行われる選挙の後も、難民として取り残されることが予想されます。もちろん、もし非常事態が続けば、2003年の選挙は危うくなる可能性があります。国内避難民キャンプで働いている責任者たちは、今国内でコントロールできない規模になっている戦争が終結したと人々が確信できるまで、難民キャンプの中でさらに長期にわたって、滞在していかなければならないだろうと考えています。

今私がこれを書いている時間に、Mr.Taylorは、彼の党派が次の選挙で地滑り的な勢いで再選されるであろうと宣言しています。

もしそうなれば、これに同意できない人々は政治的に優位に立つことを追い求めて、容赦のない攻撃をリベリアの人民に向け続ける事が予想されます。リベリアの難民を家に帰す準備を目的とした活動は、革新的なければなりません。我々はさらに数年間、彼らをキャンプに収容することになるでしょう。そのため我々は、その時間を最大限に利用して、彼らが自分の家にいつかは帰れるように援助し、キャンプにいる間に彼らを教育する計画を直ちに実施する準備をしなければなりません。

最後に、UNHCRによるシエラレオネ人難民の本国送還の仕事はうまく行っていません。彼らが送還した11,000人は、リベリア人難民キャンプに戻っていく途中にあります。受け入れ側は、彼らを再び入植させる目的で援助することができないとしています。残念ながら、新しく難民となったリベリア人達が、空になっていたシェルターの多くを引き継いでしまっています。

本国に送還された後、また戻ってきたこれらシエラレオネ人難民たちは、彼らの家だったシェルターに、リベリア人が入っているのを発見しています。Sinje難民キャンプでは、問題は非常に大きくなっています。UNDPは特別会議を招集し、(今から45分後)、国内避難民に関わるこの最近の問題の解決策を見つけようとしています。UNDPは我々が通常行っている仕事の緊急性を認め、Jahtondo IDPキャンプの問題に限定して、INGOの1つとして我々の参加を求めています。    以上

ルーテル世界連盟・世界奉仕部 リベリア事務所 Charles Pitchford / PM (翻訳:山崎慶子)